トラフィック ★★★★☆

麻薬密売組織とそれを取り締まる機関、現場で動く捜査官たちの麻薬大戦争。
「麻薬捜査機関のトップとそのヤク中の娘」「現場で動く捜査官」「ヤク密売人のダンナをパクられた若奥様」「メキシコの麻薬取締官」、だいたいこの4者くらいが場面場面で次々に切り替わり、互いが互いに直接・間接的に影響しあうという、結構入り組んだ作りになっている。そしてそれがそのまんま麻薬取引の複雑さを表してると思う。
実際やったこともないし、また一切やりたいと思ったこともないしやるつもりもないので、無理矢理強要される以外これからもやることはないであろうが、麻薬というもんはそんなに気持ちいいもんなんですか。中毒性という意味では煙草とよく似ていると思うが、まあ本作でもそれが皮肉かどうだか煙草をふかすシーンがこれ見よがしによく登場し、なんか思わせぶりな感じなんだけれども、煙草と決定的に違う点、それはまず麻薬は個人の破壊的な死の原因になりうるという点、それから多くが非合法であるゆえに非合法組織の資金源となりうる点、この個人の死に関わるミクロの視点、そして麻薬組織というマクロの視点、この二つが互い違いに絡み合ってるのが本作を面白くしているポイントだろう。
つまり、麻薬を中心とした人間や組織の心理ゲームのようなもので、特にあの若奥様やデルトロなんかが凄くいいんだけども、個人レベルでの駆け引きやタマの取り合い、組織レベルでの勢力争いや摘発なんかがこう、まさしく戦争なんですね。局面での事柄がそのまま戦全体に関わっているという。それがアメリカ社会に根付いている(だって若者の4分の1がやってるらしいし、俺がアメリカに行った時、こりゃヤク中であろうと思われる女が道で寝てるのを数人見たし。そういやあいつもナッシュビルの小学校で注射器がいっぱい転がってたとか言ってたしなぁ。)麻薬だけに、やけにリアルであるし、またデルトロあたりの映し方がなんかドキュメンタリーぽくていい味だしてる。
というわけで、いわゆる戦争を題材にした戦争映画よりも一般の生活レベルに及んでいるという意味でよっぽど戦争戦争している戦争映画であるし、かなりエキサイティングな物語です。ただこれが当事国であるアメリカに住んでいたらまたかなり違った受け止め方、もっとセンセーショナルな映画だったであろうという点で、日本に住んでいる自分に対して-1。

実録 安藤組 ★★★☆☆

財界人になめられて、だまってられない安藤組のみなさんが色々やらかす話。
主演、安藤昇。この人実録という通り、実際の安藤組(元)の組長でその後に東宝の安藤組シリーズであたりまえのように主役を張ってしまったという、ものすげぇ人です。だって辰ちゃん・文太兄ぃと競演し、夢の3大スターとかいわれてるし。半端なことやってなければ、ヤクザ→スターという方向もありえると。
で、本作はおそらく実際にあった事件をもとに再現というか、まんまというか、安藤組長の思いの丈が詰まっているような感じであります。というのも法の下に反社会的集団であるとされているヤクザという組織が、法でなく漢としてのメンツやなんやに基づいて行動した結果がこうであると、あくまで我々は国家権力という強きを助け弱きを挫く馬鹿者どもにいっちょう一泡ふかせてやるヒーローでありますのですともいわんばかりの画面構成になっている。
たしかに警察組織というのはクソの塊ではある(警察官それぞれの人格を言っているのではない)が、それ以上にクソの塊であるのが反社会集団なわけで、たとえば局部で見るなら警察も彼らも鉄砲を持ってはいるけども、ポリはこっちに対してまず撃ってこないが、彼らはむしろ有利な状況にもっていくツールとして積極的に使ってくるのであり、また200円ぐらいで仕入れたビールを10万円で売ってしまうという、まさしく反社会的な行為をしてしまうわけで、さらに集団で計画的に窃盗したり、ヤクを売ってしまったり、つまるところこういうことをやってしまうから、同じクソでもその抑止力としてポリ公の方がまだましであると。その点安藤組というのは「カタギ」と「スジモノ」をきっちり分けているという律儀なところがありますが、結局その判断基準は安藤御大のさじ加減一つであるという、法の下の平等ならぬ「俺の下の平等」的思考プロセスが横たわってるところが怖いです。
なので、この安藤御大の行動規範によりかかれたならば、それはそれでヒーロー像を見る、まさしく当時のヤクザ映画の王道を見る気分で熱中するのだろうが、殊このような線引きをされたとあっちゃあ、かなりゆるゆるな線引きがなされたままで事が進んでいくという感覚を覚える場合もあるのです。というかオレの場合がまさしくそれ。
ストーリー自体は安藤組を魅せるように作ってあるのでなかなかおもしろく見れたのだが、底辺に横たわる思考プロセスがまったく滅茶苦茶に感じられたのであまりのれなかった。でもまあ、ふつうに見る分にはおもろいんでないの。

ショコラ ★★★★★

フランスの片田舎の街に二人の親子がやってきてチョコレート屋さんを開いた。それを快く思わない村長と彼女らの対決!
話の流れはヒューマン映画にたびたび見られるような、旧態依然の秩序の下で暮らしている人々の所に、ある日突然新参者がやってきて、最初は周りの人々もついていけなかったけれども次第にその人に惹かれてついには再秩序化されてしまうという、ヒューマンドラマの王道的作品です。創造的破壊ってやつ。
でこういうシュンペーター系ヒューマンドラマの場合よくあるのが、その創造的破壊者があまりに突拍子も無い奴であるとか、いちいちちょっかい出したりやけに陽気であったり、そりゃもう「破壊するぜワシは」というオーラパワーがビンビンに出てるという設定が多いのだけども、こういうのは見ていて逆に引いてしまうものです。というか、実際にそんなのありえんやろうがとなる。一つ例を挙げるならば、最近見た中ではそうだな、今思いついたのでライフ・イズ・ビューティフルとかです。あれなんかまさしく。
しかし本作では、破壊者が秩序をぶっ壊すというよりも、秩序の方が破壊されるのを恐れてあれこれ行動するという描かれ方であるから、チョコレート屋の女将に人々が惹かれていく様というのも自然であるし、見ていて純粋にとても楽しかった。
そして最後にがっつり語られてしまったのだが、本作がヒューマンドラマという体裁を借りて古くから存在し今でもありうるという普遍的な観念をテーマにしているというのが、おもしろく魅せる決め手となっているように思われる。それは前に書いた異質なものを受け入れるということ。物理的にではなく、再秩序化するための破壊。これは現代社会でもいろんなとこで、政治にも当てはまるであろうし、官僚組織なんかにもあてはまること。
まあたまたまこういう風に感じてしまったので、難しいような話になってしまったが、別になんも考えずダラーっと見るにも入り込めるようないい映画だと思います。

愛のコリーダ ★★★★☆

アベサダ。
なにぶん直接的な表現をする方が適切である場合が多く、ただそれにつけピンポイントで不愉快である方もいらっしゃるでしょうから、伏字を多用します。意志を介在させときゃいいでしょう。
えーーーと、アベサダ事件。テレビか何かで見たにしろどこかで聞いたにしろ、知っている人も多いと思うけど一応簡単に補足しておくと、昭和10年頃阿部定という人が愛人を殺してそのちんちんをちょん切ってしまったという、当時にしても仮に今の事件であってもかなり衝撃でかい事件です。さらにその続きがあって、数日後に彼女は逮捕されるわけであるが、そのときの表情が恍惚の表情を浮かべていたという・・・。実際テレビで当時の写真を見たことがあるが、確かに恍惚ってた。
本作はその事件を題材にしたっちゅうか、まんまなんです。それ以上にいろいろな事柄がまんまなんです。まず本作はそのほとんどが結合シーンの連なりで描かれているわけであるが、それが「やってるふり」じゃなくて「マジでやってる」てのが一つ。そして主演である藤竜也のちんちんには一応ボカシがいれられているもののそのおおよそは想像がつき、でなぜかサオにはボカシあるにもかかわらず、キャンタマふぐりは丸出しという不可解っぷり、さらに定とか舞妓のほうの万個はもうそら、まるみえっていうか、まるみえ。
で、以上のような特異部分はまあよしとして内容をきちんと見てみると、これはかなり見応えがある。まあまず普通の成人男子であれば、ちんちんは吉のように勃起しっぱなしであろうし、その結合云々よりもシチュエーションでやられている感じでエロいのです。ラストにかかる盛り上がりもよくわかるし、定が行き着いたところはおそらく自分自身にはないであろうけれども、否応なしに客観的には見れない、定と吉の語り合いをうまく最後のところで描いていると思う。そらまぁ、ちんちんぶった切ってもアリなんじゃないかと。それが彼の本望であるし、彼女の想いであると考えるのが自然なのでしょう。
あとこれは全然関係ないですが、どうも見てる最中に気になったところが、本作と単体系AVとの違いはなんなのだろうかと。単体系って大体どうしようもないドラマがあるでしょう。加藤鷹が先生役でAV女優がその生徒役とか。そこんとこが、フランス人も大絶賛した「芸術性」とかいうやつなんだろうか。

クンドゥン ★★★★☆

ダライラマ14世の話。
まずストーリー云々の前に、学校の世界史ではかなり軽視される、今生きている我々にもリアルタイムで関わっているであろう現代の歴史をこういう映画を通してリマインドする意味というのは大きい。自分が行ってた高校の世界史の教師がかなりイカレた野郎で、二日酔いで酔っぱらって授業してるような奴だったので、最後の方は時間が足りなくなりかなり適当にやられてしまった。なので現代史ほど授業で習うというより本やニュースで知った印象がある。
で、本作はそのダライラマ14世がチベット仏教の慣習通り見いだされ即位した後、中国の理不尽でインドに亡命するまでの話である。おそらく今なおインドに亡命したままだったと思うが、今までの中国、国際社会からすれば経済的にも中級でただ国土がだだっ広く人が多いヤリマン大国の中国から、いよいよ経済立国を目指している現代の中国へと変貌するにあたって、そろそろ台湾とこのチベットの問題が大きくなる時が来るだろう。
つまりどこがいけないかというと、たぶん中世とかならば中国の行為は単なる領土拡大行為、正当なる戦争行為だったと思うが、現代のようにマスコミが発達した国際社会のコンセンサス、大義名分がなければそういうことは許されないという大昔との違い、そして明らかにWWIIの終結のどさくさに紛れてやっちゃったこと、このへんは日本の北方領土とも似ているが、本編でもあるように実際にチベットに攻め込まれボスが亡命するほどのことだからこちらの方がでかい。
そしてまたその亡命シーンがうまいこと作ってあり、なんというかたぶんダライラマも抱いたであろう観念的なリアルさが感じられるというのがいい。美しく見せすぎということもなく、逆にそれがストレートにさらっと入ってくるような感覚で、このリアルさは凄いと思う。
それ以上に、冒頭にも書いたとおり現代の今起こっている歴史的事実を振り返るという意味でまず見る価値がある。いい映画だと思います。

みんなのいえ ★★★☆☆

作家夫婦が家を建てる話。
まず全体の感想として映画を見ている気はしなかった。そこらへんのテレビの2時間ドラマを見ている感じ。この映画とテレビドラマの線引きを説明するのは難しいような、見る側の感覚なんだけれども、例えば自分の場合テレビで放映されている映画はまず見ない。CMによって寸断されるから。そういう意味では本作の途中にCMが入っていても特に気にならないと思うので、それくらい画面に引きつけられるものがなかったから、そのへんが線引き。
あと配役がきつかった。★★★の大部分は邦衛が支えている。これまで北の国からとか青大将とかで見せた彼の新作を見れた心地がそうさせるのだろう。例えるなら、サバイバル1-6巻が完結した20年後くらいにサバイバル番外編が出版されて、その内容如何にかかわらず評価は高値安定すると。
 
要するに、パッとせんのです。コメディというわりに全然笑えないし、新旧職人の葛藤もありがちなまとまり方、こぢんまりとしているのがかわいらしいというか、そう、パッとしない。

ひとごろし ★★★★☆

臆病者の侍が、武芸で名をなしている浪人に上意討ち。その作戦が「ひ・と・ご・ろ・し~」
かなり久しぶりにテレビで放映されていた映画を積極的に見た。というのも本作の存在すら今の今まで知らず、しかも松田優作主演だったのでまあしょうがねぇかなと。これから見れるかどうかわからないし。
松田優作作品というのもなにが基点になるかはわからないけれども、確実に以前と以後があるわけで、例えば代表作人間の証明遊戯シリーズ3つ蘇る金狼野獣死すべし、家族ゲーム、探偵物語、ア・ホーマンス、ブラックレイン、あきらかにアクション俳優としてのヒーロー像と、その後のなんでも味が出る松田優作という存在のようなもの、そういう意味では本作は後者に位置する作品であるし、少しコメディチックな面白い映画もOKであると。
なにがどういうふうにおもろいのかというと、まず優作が「ひ・と・ご・ろ・しぃー」と叫ぶシーンがいっぱいあるんだけど、これだけでおなかいっぱいになれる。だっておもろいんだもん。いやもちろん、本作になにがしかの特徴のある独特な雰囲気の斬新な映画かというと決してそうではなく、それゆえ後世に残っていないのだけども、単純な「おはなし」としておもしろかった。ただ、それだけ。

仁義なき戦い 頂上決戦 ★★★★☆

広能組となんだっけか・・・、なんとか組の戦い 其の四。
やくざ映画と言えば仁義ですね。最近のやくざ映画とは違い、まずやくざ群像劇であるということでストーリーが見応えあるというのがよろしい。最近のは例えば、竹内力先生とか小沢仁志とか清水健太郎とか、とりあえずアイドルありきのやくざ映画ばっかりで、そのアイドルの視点で描かれアイドルがすべて正義であるというのが自分にとっていわゆるやくざ映画を敬遠する大きな理由であるが、このへんは趣向の問題だな。だってかっこよくないんだもん。清水健太郎のあのもみあげどうにかしてほしい。
その点、文太兄ぃの一言一言は重みが違う。広島弁で「シゴウしたれや」「~~じゃけぇのう」とか言われるとそれだけでノックアウトされます。もちろん準主役の達ちゃんとか旭とか、そのほかにも今では名の知れた役者でもその当時はコワッパであった、黒沢年男とか小林年待、そして青大将=邦衛!邦衛さえ出てればすべてがOK!邦衛最高!
ただ難点が、冒頭にそれまでのあらすじのようなことがバーっと述べられるのだけども、もちろん前作までをきちんと見ていればそれはそれで確認のためにいいんだが、当方いきなりパート4から見てしまったので互いの関係を把握するのに手間取った。結構わかりにくいのでこれはパート1から素直に見るのをおすすめします。

けものがれ、俺らの猿と ☆☆☆☆☆

脚本家、佐志は大物プロデューサーから映画の脚本を依頼され、取材に行くことになるが、そこから先色々変な人みたいな人と会う。
まず映画の全編にわたって言えることだが、もの凄く不愉快な気分になることが多い。さらにいちいちの無理矢理笑わせポイントが丸わかりで、全然面白くないのです。最低だ。わけわからん映像の切り出し方、それに被さる音、すべてが不愉快であり、もしやこういうのが最近の若い人は好きなんだろうか。だとしたら俺は古い人間になってしまうね。
それプラス、映画の前半では佐志の家が何度か登場するんだが、それにともなうゴキブリ風の昆虫の数度のアップ、仮にこれを見て「クリエイティブだ」とか「カッコイイ」とか、「気持ち悪い」という感情以外のものを抱く人はいるんだろうか。まずここでこの映画の作家のセンスを疑っている。まあ自分自身が、子供の頃からカブトムシやクワガタをゴキブリと同一視、また蝶々と蛾を同一視して、昆虫=生理的に受け付け難い気持ちの悪いもの、という一括りにしていたほどの虫嫌いではあるが、とにかくあれは狙って不愉快にさせているとしか思えん。
一通りの感想を書いたので、では大元にさかのぼろう。本作は元々町田町蔵さんの小説を元に作られたらしく、セオリー通り「映画と小説は別物」なのかどうか、原作を読んでいないのでわからないが、少なくとも「夫婦茶碗」という小説を読んだ限りではとても面白い作品だったので、おそらく別物なんだろう。
しかしなんだったんだ一体。映画というより、作者側の一方的な感覚による映像の押しつけと言った方が当たってる。勝手な解釈による映像表現。原作町田、音楽担当がFOEの會田でサウンド陣にブッチャーズ、ゆら帝、ロマンポルシェとかいい感じのがそろってただけに、駄作で残念。
あー今ちょっとFOEのサイトを見たらこれ監督がPV出身だよ。PV上がりは赤影といい、優秀な監督がそろってるなぁ。

竜二 ★★★★☆

竜二さんらがいろいろ。
まもなく本作をリメイクしたらしい、竜二Foreverが上映される関係で再び取り上げられるようになったオリジナルの方。リメイクの情報を聞いてオリジナルを見ようと思った口です。はい。
でこの金子正次という役者の存在すらこれまで知らず、そこも期待して見たのだがこれが結構よかった。どっからそんな声出てんだよというかなりの低音嗄れ声、これにまずやられる人多し。かといってそれが通らないわけでもなく、またギャップを感じるのでもなく、振る舞いと一致しているのでかっこいい。
内容もまたいいんだよねぇ。ラスト肉屋で会った瞬間、そうなることはわかっているけれどもあの無音部分の間、間の持たせ方がかなりグッとくる。演者一人ですべてをかっさらっていくのが松田優作タイプだけどもこの人優作以上に鋭い刀持ってます。こわいです。
あと子供が眉間にしわ寄せるのはとてもおもろい。