ゆきゆきて、神軍 ★★★★★

WWIIニューギニアの生き残り、昭和天皇・裕仁に戦争責任を強く感じている漢、奥崎謙三が、戦後まもなく起きた日本軍内における処刑事件を追及していく話。

一言で言えばガチである。この漢は生き方がガチ過ぎる。それ故様々な人に迷惑をかけ、手間をかけさせ、時には平和をぶち壊すクラッシャーであるのだが、そういう事情を勘案しても尚行動してしまう、せざるを得ないガチさをこの男の態度から感じ取れた。醒めた現代、この煮えたぎる怒り・熱さはその点だけでも一見の価値がある。

このドキュメンタリーで彼の本性は全く描かれてはいない。ある一面におけるガチさを映像に収めようという制作意図、そして奥崎本人も実は常にカメラや出来上がった作品を見る観客がいるのだという客観的な視点を持っているという事から考えても、変な話本作はエンターテイナー奥崎の一面を描いたのみで、時折見せる「普通の人の表情」から見て取れる彼の全体像は見えてこない。クライマックスと言ってもいい、山田から真実を引き出す奥崎のやり口はえげつないほど場慣れしており、恫喝に慣れっこである彼という存在が本当に恐ろしかった。時間的な都合もあったかもしれないが、過激な行動をメインに描く反面、例えば普段の食事や風呂・よく見るテレビ番組や本棚、冒頭登場した犬との関わり方など、少しでも素が見て取れるシーンも見てみたかった。

そういう印象もあってか、俺自身見ていくうちにどうも奥崎本人より妻・シズミの方に興味が移っていった。経営する自動車整備会社?のシャッターに「田中角栄をぶっ殺す」的な事を書かれ、マイカーはこれまた田中角栄誅殺仕様のセダンとバン、こんなガチな漢の妻が、よりによってシズミのような、誰にも好かれる肝っ玉母ちゃん的な人物というのは一体どいういうことなんだろうか。結局本作ではシズミは奥崎に心酔している従順なイエス・ウーマンとして登場するのみで、何が彼女をそうさせるのか、奥崎を許容させるのかはわからなかった。奥崎の収監中に68歳で死んでしまったシズミ、奥崎とシズミが結婚しその後の夫婦生活で何があったか知らないが、ある意味における肝っ玉母ちゃんである。

本作はWWIIで死線をくぐり生き延びた奥崎が、ある下級兵の「戦後の戦病死」という不可解な事実に対して、真実を追究する過程を収めたドキュメンタリー作品である。結論としては、戦後ニューギニアに残された残存部隊は、食べ物に窮したため人肉を食しており、原住民(土人=※現代では禁忌語)・アメリカ黒人(くろんぼ=※現代では禁忌語)・アメリカ白人(しろんぼ=※現代では禁忌語)の人肉が尽きると、日本軍の中で階級が下で役に立たないものから順番に殺して生き延びたのである。正直な感想で言うと、この衝撃的な事実に対して俺自身は衝撃を持ち得なかった。人肉食い、これが絵空事に感じてしまう、全く持ってリアルさがない事について、果たして俺は言及して良いのかどうかわからんし、例えば阪神大震災を経験したものでなければ都市型大地震の恐怖感は分からないような、雲を掴むような印象でしかないため、これは「こういう事実があったし、その事自体は衝撃的である」という感想に留めるしかない。

その追究過程で彼が一般的な感覚と大きく異なるのは法律に対する捉え方だ。撮影中何度も、彼が人をぶん殴ったり監禁状態に置いたりといった違法行為で警察沙汰になるのだが、彼はその都度自ら警察を呼んで判断を仰ぐのである。「必要であれば暴力を行使することを厭わないし、現に結果に結びつく」と断言する姿勢はやはりガチであるし、何の偶然か昨日見た「ダークナイト」のバットマンと一致する信念である。ただ一つ違う点、バットマンにとって悪である事は法律と概ね一致するが、奥崎の場合そうではないという事だ。

これをきちがい(※現代では禁忌語)、つまり他者とは気が違うため自分の価値観のみを信ずるガチな漢の生き様だと見て取るのは易い。しかし、一瞬だけ見えた(恐らく自費出版本の値段であろう)看板に書かれた\900という値段設定、そしてシズミの存在が、どうしても俺にはそう思わせてくれない最後の砦として立ちはだかっている。もしかすると(恐らくいくつか存在するであろう)奥崎関連の本や資料を見ると判断できるかもしれないが、本作でそれは難しかった。彼を変えてしまったトリガーはWWIIでの経験だろう。昭和天皇を殺すと罵り、パチンコを撃って逮捕された事を誇らしげに語る奥崎もまた戦争被害者であるし、その奥崎をきちがいと言えるような体験を俺はしていないししたくない。

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