フィクションだと思ってもらえれば。

 金曜日。今週も終わった。あっという間に終わった。定時までに仕事を終わらせ、時間が来ると同時に同僚のおじさんをおいてとっとと職場をあとにする。
 最近、人と会話を交わすということが極端に少ないような気がする。いつも愚痴っていることだが、俺の職場には、俺の他には40歳のおじさんしかいない。ただでさえ話が合わない上に、このおじさんは中国人で、日本語がそれほどうまいわけではない。勢い、会話の内容といえば、おじさんが話す中国の話や、おじさんのお子さんの話を俺が聞くというスタイルとなる。俺を知っている人はわかると思うが、俺は普段自分が言いたいことをしゃべりっぱなしにすることが多く(それはそれでかなり問題があるが)、俺のどうでも良い話を相手がスルーして、「ねえ話を聞いてよー」と俺が返すのが一種のコミュニケーションとなっている部分がある。しかし、俺が適当な話をしたところで、このおじさんから「え、何?」と逆に聞かれてしまい、「いえ、どうでもいいことなので良いです」と返す以外なくなってしまうので、だんだん俺からしゃべるということが無くなり、最近では仕事の話以外は(これも同じことを3回くらい言わないと理解してくれないので結構ストレスがたまる)天気の話くらいしかすることが無くなってしまった。
 そのほか、お客さんや、連携して作業をしている別会社の人と話すこともあるが、あくまで仕事の上での話、日常会話は無い。唯一まともに日常会話が出来るのが、週に一度だけ来る俺の上司とだ。はっきり言ってこれほど上司を心待ちにしている(しかも仕事以外で)部下もいないと思う。しかしこの上司も今月いっぱいで退職する。

いったい俺は何をしているのだろう、何処へ行くのだろう。最近一人になるとよく考える。どうやら仕事ではある程度評価されているらしいが、今の俺にとってはそれよりも人と触れ合いたい。仕事以外が空虚だ。忙しいならともかく、現在の暇な状態でそれなら救いようが無い。
恵比寿で途中下車し、バッティングセンターに寄った。一人で屋上に上がる。そこにいるのは暇を持て余した学生、バットを持ち込んでいる気合いの入った二人組、そして多分コンパまでの時間潰しなのだろう、男1人と女3人のグループ。そんな中、一人スーツでボックスに立つ。無心でバットを振る。90スイング中、納得のいく打球はほとんど無かったが、それでも体を動かすのは気持ち良い。ボールに集中するとくだらない悩みも忘れられる。
 打ち終わり、乗換のため渋谷へ。金曜の夜だけあってたくさんの人がいる。蛆虫のように。カップルの群れとは逆方向に向かう。家を目指して。
 帰り際に急に寂しくなり、何人かの友人に連絡を取ろうとしたが捕まらなかった。週末だし、急に連絡を取ろうとしても無駄だとはわかっていたが、一人で帰るのはやはり寂しい。帰りの電車内でカップルを見つめていると、自分の居場所はもう何処にも無いのではないかと急に考えてしまい、気づくと涙ぐんでいた。
 寂しさを紛らわすためにワインを買って帰宅。とりあえず今の俺にはここしか帰る場所は無い。飲むととりあえず陽気になれる。落ち着いて寝ることが出来る。アル中の奴のような行動だが、俺の場合は基本的に週末にしか飲まないので大丈夫だろう。
 土曜日も一人。日曜日も多分一人。土曜日も一人で飲んだ。日曜日も多分一人で飲むだろう。土曜日は何処にも行かなかった。日曜日は何処かへ行くだろう。土曜日はしゃべらなかった。日曜日は…、店員とはしゃべるだろう。ああ、旅に出たい。人と会いたい。何処かへ消えたい。
 明日は原付でも買いに行こう。それで何処かへ旅に出よう。…そんなことを考えて何ヶ月も経つが、いまだに行動は起こしていない。自分の行動力の無さにうんざりする。
 携帯の電話帳を見る。八割方は恐くて掛けられない。自分の交友範囲がどんどん狭くなっていくのを感じる。なんとかしなければ。引き篭もりの人はすごい。俺は人と会話が出来なければ耐えられない。引き篭もることが出来ない。外の空気を吸わなければ死んでしまう。ああ、出会い系サイトでも使おうか。メールは大嫌いなんだが。それ以上に自分を必要以上に卑下してしまう俺の性格では誰も相手にしてくれないだろうが。
 月曜日、多分何事も無く一人のサラリーマンが出社するだろう。そしていつものように、張り付いた笑顔とむっとした顔を使い分けつつ、淡々と仕事をしているだろう。半笑いの生活。薄っぺらな生活。自分のプライベートなことなどもう忘れようか。しばらくお仕事マシーンとしてのスキルを上げることに熱中しようか。そんなことを考えながら、その日もキーボードを叩き、電話を取り、書類を書いているだろう。それの繰り返し。でもそれこそが「日常」なのだろう。「非日常」を演出するための手段。さあ、明日も「日常」を一生懸命に生きよう。

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