鑑別所から戻った伸助が帰った地元はすでに、かつての勢力図とは様変わりしていた。それでもなお戦おうとする伸助一味の3人。これがいま映画監督として怪しいポジションにある、井筒監督のデビュー作みたいです。
まず、登場人物が凄く豪華。当時おそらく人気絶頂の頃だったであろう伸助竜介が主役として登場し、今はすっかり大物芸人としてマルチ振りを発揮している伸助と、今はたしか大阪でバーかなんかを経営している竜介のカラミがこの映画では見れる。さらに若い頃の神岡隆太郎も登場し、内容よりもまず当時の配役に笑ってしまう。
で内容だが、セリフがちょっと聞き取りづらくて、正直細部までの含みがよくわかんなかった。さらに俳優が全然わからんやつばっかりなので、勢力争いがメインの映画なのに互いの相関関係の把握にとまどってしまうことも多い。話が進むにつれてだんだんわかっていくような感じである。
全体で言うとあの特攻野郎Aチームのような性格の監督であるから、後々の岸和田でもあったようにこんな風なチンピラ群衆の葛藤なんかを描いてる作品は、よくあるようなビーバップものとは一味違う。大体そういうのは役者と言うよりもまず勝ち気、喧嘩っ早い性格ありきのイケイケドンドン映画になるものなんだが、井筒のは凄くドロドロとした、ちゃんと映画してるのがいい。それだけに過去のを見ててもそんなに痛々しくないです。
カテゴリー: 映画
日本の黒い夏 冤罪 ★★★★☆
1994年長野の松本で起きたサリン事件。そして当時その容疑者として警察やマスコミに報道された神谷。事件の数ヶ月後真実が明らかとなり、神谷の容疑が晴れる。そのでっち上げられた冤罪事件に興味を持った高校生とテレビクルーの対決。
いわゆる報道・マスコミと言われる部分の非常に嫌な部分、平たくいうところの世論操作・人権無視・馴れ合い体質などが一気に表出した象徴的な「事件」、松本サリン事件をテーマにした映画である。テーマがかなり強力であるだけに、見せたいものが明確で無駄な部分はあまりない。
ただ映画の方法としてはかなり無駄になっている。その最たるが良心の固まりですとも言わんばかりの高校生女。先に挙げたマスコミの愚行を批判的にするために、この馬鹿たれ女が心情を爆発させている。もちろんこの事件ではマスコミや警察側が間違っているのは明らかであるけれども、それをこの映画の中でぶちまけるのはどうもしっくりこない。つまり、一方的な報道や行動を行ったマスコミや警察がどうであるかということをを、少なくともこの映画では見る側に選択を任せるのではなく、あのクソ女を使って一方に否定を押しつけようという凄く皮肉なことが起こっている。
内容はすごくいいと思う。見ている自分自身、事件当時それほど関心のなかったことに妙に興味がでてきて見終わった後でいろいろ調べてみた。一連のサリン事件から6年くらいたった今では、当時地下鉄サリン事件に実際遭遇した人の書いた文章や、それこそ本作の中心である神谷こと河野義行さんのインタビューなどを見つけた。映画を見た後河野さんのインタビューを読むと本作が河野さんが実際に受けたことを忠実に描いていることがわかる。
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/akihisa/humanrigh3masukomi.htmこちらにあります。
で改めて感じるのがマスコミと呼ばれるものの存在意義だ。彼らのやるべきは事実を正確に伝えることだと感じる。しかしまぁ一方的に押しつけがましいことを書くマスコミとかいうものの多いこと。大体よくある朝日=左翼とかそういう論調のようなものがあること自体ちょっとおかしい。そんな論調なぞ意地を張らずに、事実を元にして正確に報道する、意見は専門家に任せる、これが本来のありかただろう。特に河野さんのインタビューでもある、週刊誌の類はほんとあきれる。あんなクソが未だに存在してるのがよくわからんし、歯医者や美容院はあんなのを購読せずに、もっとこう、なんだろうなぁ、漫サンでも買っておけばいいんじゃない。
イレイザーヘッド ★★★★☆
できちゃった結婚で、できた子供がウミュミュ~ンだったという・・・。
奇妙。奇妙です。
本編前の解説によると、本作はデビッドリンチがもっとも力を注いだ映画であり、その完成度のために製作期間をかなり延ばし延ばしにしてついに完成したという、かなり本気な作品みたいです。
最早ストーリーはどうでもいい。だってわけわかんないんだもん。しかしホラー映画として凄くいい。これは前見たπ以来に感じた、脳が映画に壊される感覚。主役の男がまず異様なでかい頭をしていて、子供がチュミミ~ンで、夢に見る女はふたこぶ女とインパクトがあり、後々まで恐らく残るであろう奇妙な残像が刷り込まれる。
つうか頭おかしいよリンチよ。確かにさ、イレイザーのヘッドだけどさ、なんじゃそらと。全然本編のストーリーと関係ないんです。急にイレイザーのヘッドが登場する。
しかしまぁ、全体の異様な雰囲気といい、一瞬一瞬の画面構図のインパクトといい、神経にささくる音、チュミミ~ンジュルジュルといい、見た者の記憶には間違いなく残る作品ではある。たとえばπは最低のホラー映画だったけれども、ドリルでゴリゴリやるあのインパクトは忘れられないし、その点この映画が凄いということなんじゃなかろうか。
穴 ★★★★★
妻の殺人未遂で刑務所に入ったガスパール。彼が入った部屋の面々は全員一致で脱獄を計画していた。それに賛同し自らも荷担するガスパール。さてどうなる。
名作。まだ、いい映画というものがとりあえず出来る方法が確立されていなかった時代に、このストーリーとカメラワークと演者の表情で見る者を圧倒してしまう、ほんと映画の名作と言える。それにこんな古い映画を(だって戦後すぐですこれできたの)今見てもおもしろいと思えるというのが、今般に量産されるような紋切り型の映画方法ではなく、この映画独自の方法で作られているのでまったく見劣りしない。これも名作の所以だ。
具体的にはやっぱ掘るシーン。掘ってる奴の表情などはどこぞにいってしまい、掘ってる手とその掘って削れている様、カキーンカキーンハァハァと、この映像がとんでもなく緊迫感を生み出していた。鬼気迫るような表情を映すまでもなく、その看守に絶対に気付かれてはいけないのにそんなにガンガン音ならしていいのかよというハラハラ感は、手のドアップというのが圧倒的に迫るものがある。
そしてその後単純に、脱出してはいよかったねで終わらないのがまたいいところ。映画の冒頭ですでに布石は置かれていて、それが穴掘りの緊迫感が終わった頃にまたぞろプレイバックされるという手法は後々にも受け継がれていると思う。ラストのラストの衝撃から、淡々としたエンドロールのつながりはすごくインパクトある。
こういうのを名作と言うんだろうなぁ。おもしろいっ!最高っ!っていうのは結構あるけれども、「映画っていいな」と見終わって思う、思わせるだけのヤラレタ感を抱かせてくれる映画こそが名作と言えるでしょう。そして本作は十分そのパワーを持っている。
なにぶん古くて、出所もよくわからないだけに、観ようとして観ないと駄目だと思いますが、是非観ることをお勧めします。
ディア・ハンター ★★★☆☆
ディアをハントする人たちがベトナム戦争でトラウマー。「親愛なるハンター殿」じゃありません。鹿狩人です。阪神にディアーっていたなぁ。
なげぇ。その印象が一番強い。いやその3時間という物理的な長さはあまり関係なくて、むしろ前半部分のちょっとしたエピソード群なんかが自分にとっては前置きが行き過ぎた感じで、その部分がよけいに思えたのです。
それだけに全体的に漂う殺伐とした暗い雰囲気というのがあまりなじまず、それがダラーっとした冗長な感じになるという悪影響になってしまって、肝心なロシアンルーレットも緊張感というより「こいつら馬鹿か」的な発想が先行してしまい、いやもちろんあそこが緊張感のある場面であることには変わりないが、それまでの悪影響が祟っていい感じには見れなかったです正直。
要するに本作は自分にとって冗長な暗い映画という後味しか残ってないわけで。残念。
SMOKE ★★★★☆
どっかの街の煙草屋とその周辺あたり。
見終わった後まず感じたのが、あ、これ見たことあるなぁと。もちろん本作を見るのは初めてなので、なにか別の作品がとても似た雰囲気であるということなんだけども、調べてみると本作はルル・オン・ザ・ブリッジと同じ脚本家でしかもハーヴェイ・カイテル主演という、ああなるほどと思ったのです。
ストーリー自体はもんのすごくどうでもいいというか、生活していると起こりうるであろうことを少しのびっくりを絡めて進めているだけのことなんだけども、なんというかこのハーヴェイ・カイテルという役者なんかが象徴的なんだけども、雰囲気でさらってしまうという巧さがあるように感じられる。
こういう雰囲気ものは、その雰囲気にさらわれるのがわかっていながら心地いいという場合と、押しつけがましい雰囲気具合に辟易してしまい、すごく惰性的な退屈な場合とに両極端に分かれるものだけども、本作はその雰囲気がいい感じに醸されていて、あまり言いたくないけど一言で言えば小説的なのです。
この小説的という言葉はかなり胡散臭くて、なぜなら小説の得意とする、なんだかよくわからんけど最終的に雰囲気にさらわれてしまったよこん畜生と、そういう感覚をわざわざ映像を使って表現するのはいかがなものか、そんならそんなで小説読みゃあいいじゃねぇかよということになるわけです。ディティールにこだわることはできても、みんながみんなその細部に注目するわけでないし。
では映画の小説的な良さとはなんだろうかと考えた場合に、その雰囲気をニュアンスで伝えることに言葉がいらないわけです。表情や仕草、語り口なんかに集約される。その方法がハーヴェイ・カイテルは巧いと思う。デニーロに似てるけど。
なので本作は特に目的なんかない、ただいい感じの作品を作ろうという作者側の思いから生まれた他愛のない話であり、それだけに映画の手法にマッチしてるんだと思う。
煙草吸ってたら印象ももっと違ってたかもなぁ。
戦国自衛隊 ★★★★★
現代の自衛隊一個師団がなぜかタイムスリップしてしまい戦国時代へ。ええいままよ、このまま上杉謙信と協力して、天下を取っちまおうぜ俺ら的ノリ。
1979年、千葉真一、「・・・・そうだよ、俺らが一暴れして天下を取ってしまえば歴史が狂ってまた現代に戻れるはずだ!そうだ!」。冒頭部分のこのノリ方を見ていて、そうなのか、ああなるほど西部警察系爆破バカ映画かと、その方向で見始めたのだけど見ていくうちに確かにバカ爆発してるんだけども、決してそれだけではない感覚を覚えたのです。
それは彼ら自衛隊馬鹿者どもにもそれぞれに生き方があって、渡瀬恒彦のように反逆してレイプしまくる快楽主義者、またかまやつひろしのようにあっさりと骨を埋める者、そしてチバシンイチ御大のような漢気あふれる死にっぷりなどなど、なんか美学ってるんですねこの人たち。いやこれによって話に深みがでるとかそういうのは一切ないんだけども、、格好良いという。
やはり見所は当時の爆破OKな時代的映像ですな。チバ御大の空中ヘリつり下げ狙撃なんかは特にグッとくるシーンであるし、また武田信玄VS自衛隊という文字にしてみても面白い組み合わせはこの映画ならでは。その戦闘シーンももんのすごく、足軽の馬鹿者どもに銃を乱射、手榴弾をぶん投げ、戦車で大砲攻撃、手加減なしなのです。
しかしもちろん、少数の銃VS大量の足軽と刀の闘いには時間の経過に伴う明らかな結末があるわけで。そう、最初は景気よくドッカンドッカンやってた自衛隊も、弾薬が燃やされガソリンがなくなり手持ちが尽きると最早お手上げなんですね。つうか気づけよそれくらい。
要するに見てる側はヤリ逃げされるんです。爆破爆破で最後漢気、ああこのころの角川ってなんか一癖あるなぁ。
かわぐちかいじ、もしかしてこれ見て感激してジパング書いてるのか?
ライフ・イズ・ビューティフル ★★★☆☆
ユダヤ人のグイドは度重なる偶然から、ドーラという女性に出逢い、そして結婚して子供ができる。その子ジョズエが5歳になったころ、ナチスの強制収容でグイドとジョズエは収容所送りとなり、そしてドーラも後を追う。状況を理解できないジョズエに対し、グイドはこれはゲームだと教えていく。
なぜなぜなんでどうしてと、疑問愚問は非常に多いけれども、これが強制収容所という現実にあった歴史的な惨劇を舞台にした御都合のフィクションであると捉えたならば、素直に面白い映画だと思う。御都合部分はフィクションだとしてもああいう理不尽が過去にあったのは事実だし、またグイドのように生き生きとした人があっさりとも粛清されていったというのも事実であろうし、まぁ見ていてあまりのギャップに辟易することも多かったが、全体的なストーリーは面白かった。
しかしあらためて考えるとこれは無理な部分があまりに多い。まずそんな偶然に会わんし、それに仮にも強制収容所、あんな自由勝手に子供をかくまったり、あんなことやこんなこと、ファンタジックというか現実にありそうもないことをやられてしまうのは正直たとえ作り話だとしてもその部分はかなり引きます私。
けれども前に書いたとおり、この映画ではそこ追求したら駄目なんだろう。それはそれでどうかと思うが、最終的にああいう終わり方があって、まあまあ最後の感じはよかったのでOKなんじゃなかろうか。自分は基本的にファンタジーや寓話のたぐいは好きではないけれども、それでも見終わった感じは悪くないので、普通に見る分にはかなり面白いということだろう。
こういう感動ド真ん中の作品を見たときは、自分はあまり感動しない種類の人間なんだなぁと思ってしまう。せづねぇ。
フォー・ルームス ★★★☆☆
ホテルのベルボーイの元に次々に訪れる客達。
原題Four Rooms の通り、この映画はホテルの4つの部屋での出来事をオムニバス形式で構成し、それを一人のベルボーイを中心として作り上げているのでどちらかといえばそれぞれの話が相互に関わり合うパルプフィクションのような形式ではなく、短編映画の集合といえる。
本作はその4つの部屋ごとに監督を変えているのでそれぞれが短編映画のようになってしまったわけで、これがたとえばタランティーノ一人で監督し構成までやっていたならばそれぞれの部屋で起きた出来事がお互いに作用しあうような、もっと見応えある構成にできたのがもったいない。
でまぁそれぞれの話だが、これはおもしろかった。3つ目の臭い話、4つ目のギャンブル話、特にこの二つはラストに集約されるような構成なんだが、そのラストまでのもって行き方、そしてラストの一瞬の潔いタイミング、計算されたものだろうが見ていて素直におもしろい。ためてためてためてラストあっさり、こういう方法好きです。はい。
あの子を探して ★★★☆☆
中国の山奥の村に、代用教員としてやってきたミンジ。彼女の目的は金のみである。正式な先生が戻るまでに生徒を一人でも減らさなければお金がもらえるという約束になるが、貧しい家庭のホエクーが町に出稼ぎに行ってしまう。どうするミンジ。
ものすごく中国ったらしい映画。最後にはいかにもな貧困山村の現状めいた言葉がサラッと、そりゃもうそういう映画なのですよと言わんばかりにサラッと乗っかってて、なるほどと思うとともにそれまでの展開と併せてものすげぇ中国臭かった。なんでも、貧困山村から毎年100万人の児童が出稼ぎに行かざるを得ない状況になり、そのうちの2割ぐらいがなんとか財団のおかげで学校に復帰してるそうです。大変だね。
で、こういう風に画面はだいたいが貧乏ったらしい。これは「貧乏ったらしく見せる」とかじゃなくて、もうそのまんまナチュラルボーン貧乏ったらしなのである。そういえばおぼっちゃまくんのビンボっちゃまは、正面だけスーツを着て後ろが尻丸出しというおもろい格好をしてたね。
そしてまあこのミンジという少女がまたすごい嫌なやつで、とにかく無理矢理でも自分のいい方に持っていこうとする。これは粘り強いというか、正直自分に対してあんな理不尽なことをされるとムカついてくるのでまずこのミンジに全然ついていけなかった。
それに冒頭では思いっきり綺麗なチョークを踏みにじり、それを全部ホエクーのせいにしてあやまれあやまれとぬかしやがる、そのくせ町に出ると墨汁を大事に使うというこの変わり様、いやこの変わり様こそなんだということなのかもしれんが、あんな理不尽野郎がどんな苦労しようがどうせ理不尽我が侭で解決するんだろうと、それまでの流れから思ってると案の定うまくいきすぎな展開、話全体に自分がついていけなかった。
というわけでこのミンジの性格がまったく駄目で、見ててもう納得いかないことだらけで感動どころじゃありません。最後の村長まで「寄付で新しい校舎を建てます。」だと。なんでこんなに貧乏ったらしさが徹底してるんだろう。「これを機会に貧困山村を援助する団体がもっと増えろてめえ」とか「我々の最低限の取り分以外はほかの農村にまわせ」とかどうして言ってくれない。自分勝手すぎる。
そういう自分勝手な奴らの行動に子供の思いも消失、残ったのは後味の悪さだった。