あけましておめでとうございます。今年もこのWebの極北で、誰が読むともしれないくだらない情報を気まぐれに更新し続けようと思います。
さて、前回は早稲田の通信教育にふれると予告したが、これ以上自分が関わっていない組織の話を書いたところで有意義な情報にはならないと判断し、簡単に述べるにとどめる。
早稲田は慶應と並ぶ私学の名門大学だが、大学通信教育の発祥に深く関わり、現在も基本的には発足時のスタイルを堅持している慶應と比較して、早稲田の通信教育課程が発足したのは2003年と最近であり、そのスタイルも慶應とは全く異なる。
具体的には、eスクールを標榜しているところからわかるとおり、講義の動画配信から議論用BBS、レポート提出までインターネット上で完結していること、少人数制であり、学生個々のサポートに力を入れていること、書類審査に加えて面接も課して学生の選抜を行っていること(2008年度の倍率は1.91倍)、通学課程並みに高い学費(4年で約450万円)などである。
これが意味するのは何か。それはすなわち、通学課程の完全な代替である。実際、パンフレット等を見ても従来の通信教育とは一線を画し、通学と同等以上の質の教育を届けるという姿勢がはっきりとうたわれている。
では、なぜ早稲田は今になってこのような通信教育を始めたのだろうか。筆者が考えている理由は二つ。一つは制度的・技術的制約から解放されたためである。以前のエントリーでも触れた、1991年の大学設置基準大綱化以降の規制緩和の流れ、およびICT(情報通信技術)の急速な発展により、インターネットを用いた通信教育のみで学部教育を完結できるようになってきたこと。新規に通信教育を実施するのであれば、当然これらの状況を利用しない手はない。これは他の大学でも同様で、ここ数年で新規開講した大学通信教育は、インターネット経由のe-learningを売りにしているところが多い。
もう一つは早稲田特有の事情である。そもそも、慶應が戦後に通信教育を発足させた大きな理由として、勤労青年へ高等教育を提供するというものがあった。早稲田も同じく戦後すぐに勤労青年への高等教育提供を始めたのだが、その手段は夜間部(二部)として提供するというものだった。
しかしながら、高度経済成長を経て日本社会が成熟するとともに、高等教育の勤労青年からの需要は減少し(そもそも勤労青年自体が減少した)、変わって生涯学習としての高等教育の需要が増大していった。時間と空間の制約が少ない通信教育はこのニーズにある程度応えることができたが、どちらも制約のある夜間部はこれに応えることが難しい。そのため、近年各大学の夜間部は軒並み廃止・再編されてきている。早稲田も例外ではなく、社会科学部(1966年に社会科学系の二部を統合して誕生)は1998年に昼夜開講制となり、2009年度からは完全に昼間部に移行する。また第二文学部は一足先に2007年に文学部に統合され、募集を停止している。この廃止された夜間部の受け皿となるためにも、通信課程は夜間部すなわち通学課程と同等以上の質を保たなくてはならないのである。逆に言えば、通信課程に託す目処がついたからこそ、夜間部を廃止する選択をとることができたのであろう。
このように、早稲田の通信教育の方向性は慶應とはかなり異なっており、それ故にそれを必要とする学生の層も異なっていると考えられる。筆者はこれ以上早稲田の通信教育に深入りすることはしないが、今後も機会があれば定期的にチェックしていきたい。
短くまとめるつもりが結局長くなってしまった。実は筆者は早稲田好きなので(元々早稲田進学希望だった)、部外者の割に長々と語ってしまいがちなのである。
それでは次回からやっと慶應の通信教育について記述する。これ以降はこれまでのような外部からの客観的情報よりは、筆者が体験した主観的情報が多くなってくると思う。その方が読む方にとっては新鮮な情報が得られるものと考えている。
投稿者: Kou-shi
大学通信教育の例:放送大学
また少し間が空いてしまった。この間に大学通信教育にも関係する興味深いニュースがあった。
大学設置基準を厳格化(NIKKEI NET)
90年代以降に規制緩和を続けていた大学設置基準を一転して厳格化するというニュースだ。しかも、「通信制大学の教育内容のチェック強化」という項目まで挙げられている。
確かに、前回記載した通信制実施大学のうち、株式会社立として話題となったLEC東京リーガルマインド大学やサイバー大学などで、設備が基準に満たない、本人確認が行われていないなどの不備がたびたび報道されていた。しかしながら、社会人向けに最適化された生涯学習としての課程、ロケーションフリーの手段としてのメディア活用など、規制緩和によって進んできた方向性は間違っていないと筆者は考えている。この方向性を妨げるような改正にはならないことを願っている。
さて、今回は放送大学について説明する。
この大学はよく知られているとおり、テレビやラジオで講義を放送することによって教育を実施している、通信教育課程のみの大学である。また、放送大学学園法という法律に基づいて設置された、実質的に国が運営している大学としても知られている。一応、「特別な学校法人」が設置した私立大学という扱いになっているが、それはあくまで形式的な話である。ついでに書くと、設立時は放送大学学園法という同一名称の旧法によって設立された特殊法人によって設置された特殊法人立大学であったが、小泉内閣時代の特殊法人改革によって学校法人に移行するという経緯をたどっている。なお、国が放送を使って運営するといってもNHKが運営しているわけではない。番組制作はNHKに委託されているようであるが。
というわけで、書いている本人もよくわからなくなってくる不思議な大学だが、おそらく生涯学習を考えている社会人にとってはもっとも有名でかつもっとも取っつきやすい大学なのではないだろうか。設立の趣旨にはっきりと「生涯学習」をうたっていることもさることながら、やはり国のバックアップが強力であることが大きい。全国に学習センターを持ち、放送授業は自宅で誰でも無料で視聴可能、学部は教養学部のみだが科目数は多く、教授陣も充実している。さらに2011年以降のBSデジタルチャンネル拡大にも優先的に参入が認められるなど、一般の私立大学が運営している通信教育と比較してリソース面で圧倒的にアドバンテージがある。なにしろそもそもこの大学を設立するために「大学通信教育設置基準」が作られたほどである(それまでの「大学通信教育基準」では通信教育を行う独立の学部を設置することはできなかった)。その力の入れようがわかるであろう。
これは一方で通信教育を行っている私立大学から見ると脅威である。当然設立時には各大学に衝撃が走ったようで、現在の私立大学通信教育協会が設立される契機となったようである。その際、このリソースを他大学のインフラとして利用できないのかという話が出たようであるが、筆者の見る限りでは現在のところ一部の大学との単位互換以上のことは行っていないようである。もったいない話ではある。
というわけで、気軽に高等教育にふれてみたい、生涯学習を始めたいという方にはおすすめの大学である。大学卒業資格が欲しい、学士になりたいという方にとっても、比較的卒業しやすい大学という話があるためおすすめできるだろう。詳しくは松本肇著「中卒・中退・不登校 誰でもイキナリ大学生―放送大学/通信制大学“特修生制度”活用法」(オクムラ書店)を読むことをおすすめする。蛇足だが、著者の松本氏は慶應の通信教育に関しても非常に大きな影響を与えた方である。いずれ書くことになると思うが、氏の活動がなければもしかしたら筆者は慶應の通信課程に入学していなかったかもしれない。
また長々と書いてしまった。早稲田についてはまた次回。正直なところ、なかなか慶應の話が書けなくて筆者自身ストレスが溜まってきている。
なお、今回の記事から奥井晶著「教育の機会均等から生涯学習へ」(慶應通信)を参考に記事を書いている箇所がある。奥井氏は慶應の通信教育課程を創設時から発展にご尽力された方だそうで、本書にも慶應と通信教育に対する情熱と将来への希望が詰まっている。出版時期が平成3年と古く、もう絶版になっているようで、筆者も今のところ慶應の図書館にしか在庫を確認できていないのだが、興味がある方はぜひ読んでいただきたい。
通信教育実施大学の特徴
さて、ここまでは大学通信教育の一般的な話だった。ここからは少し筆者の考えを加えて論を進めてみたい。
筆者は、通信教育を行う大学には大きく3グループがあると考えている。この3グループとは、放送大学以前、放送大学、放送大学以後である。
以下の表を見て欲しい。これは2008年現在で通信教育を行っている大学(短大・大学院は除く)を、通信教育課程を設置した年順に並べたものである。(ただし、これは筆者が大学のWebサイト等で調べたものであるので誤りを含んでいる可能性があることをご承知いただきたい。また、設置年と開講年が異なる大学も多く、挙げられた年がどちらを指しているのか不明である場合もあった)
大学 | 設置年 | 備考 |
法政大学 | 1947年 | |
慶應義塾大学 | 1947年 | ※開講は1948年 |
中央大学 | 1948年 | |
日本女子大学 | 1948年 | ※開講は1949年 |
日本大学 | 1948年 | |
玉川大学 | 1950年 | |
佛教大学 | 1953年 | ※1951年に前身の通信講座開設 |
近畿大学 | 1960年 | ※短期大学部では1957年に設置 |
東洋大学 | 1964年 | |
明星大学 | 1967年 | |
大阪学院大学 | 1970年 | |
創価大学 | 1976年 | |
放送大学 | 1983年 | ※大学設置年。授業開始は1985年。 |
北海道情報大学 | 1994年 | |
産業能率大学 | 1995年 | ※短期大学では1963年に設置 |
愛知産業大学 | 1996年 | ※短期大学では1994年に設置 |
京都造形芸術大学 | 1998年 | |
帝京平成大学 | 1999年 | |
人間総合科学大学 | 2000年 | |
東京福祉大学 | 2000年 | |
大阪芸術大学 | 2001年 | |
聖徳大学 | 2001年 | ※短期大学では1972年に設置 |
日本福祉大学 | 2001年 | |
武蔵野美術大学 | 2002年 | ※短期大学では1959年に設置 |
東北福祉大学 | 2002年 | |
福岡医療福祉大学 | 2002年 | ※大学開学年。開学時から通信課程があったのかは不明 |
九州保健福祉大学 | 2002年 | |
武蔵野大学 | 2002年 | |
中部学院大学 | 2003年 | |
早稲田大学 | 2003年 | |
倉敷芸術科学大学 | 2003年 | |
星槎大学 | 2004年 | |
八洲学園大学 | 2004年 | |
LEC東京リーガルマインド大学 | 2004年 | |
奈良大学 | 2005年 | |
神戸親和女子大学 | 2006年 | |
東京未来大学 | 2007年 | |
帝京大学 | 2007年 | |
環太平洋大学 | 2007年 | ※大学開学年。開学時から通信課程があったのかは不明 |
サイバー大学 | 2007年 | |
近大姫路大学 | 2008年 | ※母体となった短期大学では1969年に設置 |
さて、ここで表の中程にある放送大学に注目して欲しい。放送大学は、形式的には私立大学だが(設立時は特殊法人立大学)、実質的に国が運営している通信制大学であり、自前で放送局を持って放送授業を行い(関東は地上波、その他の地域はCSにて放送)、全国の国立大学内に学習センターを持つという圧倒的な施設規模を誇る大学である。
この放送大学設置の前後10年ほどを見ると、他の大学は全く通信教育課程を設置していないことがわかる。特に放送大学以前の設置は新制大学発足直後、放送大学以後の設置はここ10年ほどに集中している。これはそれぞれの時期に大学通信教育の開設が社会によって要請されたからだということが言え、この社会からの要請内容の違いにより、それぞれの時期に設置された通信教育課程は異なる特徴を持っている。
まず新制大学発足直後に成立した通信教育課程を見てみよう。この時期は終戦直後であり、新たな高等教育が社会一般に求められていたにもかかわらず、まだまだ社会は貧しく、大学に通学できる若者は一部に限られていた頃である。そのため、一部の私立大学が「教育の機会均等」を目指して通信教育講座を始めたのである。この際、日本社会では学位が取得できる課程でなければ普及しないと考えてGHQに掛け合うなど、現在の通信教育制度を確立するために積極的に活動したことも特徴である。現在の通信課程にスクーリングが必須であるのも、この頃の大学の姿勢が表れたものといえるだろう。
少し長くなったが、要はこの頃に成立した通信教育課程は「教育の機会均等」を念頭に置いたものであるといえる。筆者が在籍する慶應義塾大学もここにはいる。
これとは逆に、90年代後半から最近まで、通信教育課程が続々と誕生している。この要因は大学設置に関する規制緩和、インターネットの普及など通信環境の劇的な進歩、団塊の世代の現役引退に伴う「生涯学習」熱の高まり、等が挙げられよう。また、新たに設置した大学を見ると、地方のあまり有名ではない大学が多い。このような大学は少子化により通学の学生確保がだんだん困難になってきていることが想像でき、18歳に変わる新たな需要を喚起する必要があるという切実な事情もあるものと思われる。
また長くなったが、要するにこのグループは「生涯学習」を念頭に置いて設置されたものであるといえる。
この方向性の違いにより、両者の課程には以下のような違いがあると筆者は感じている。
・前者(主に有名私大が中心):低廉な学費、アカデミックな学習内容、単位取得の厳しさ、学生に対して相対的に不親切、インターネットに対する取り組みの遅れ
・後者(主に地方大・新設大学が中心):比較的高額な学費、実践的な学習内容、社会人向けに学習負荷を軽減、学生に対して相対的に親切、インターネットを用いた講義などの新技術の取り込みに熱心
以上、あくまでも筆者の感じていることであるため、疑問・反論はあろうがご容赦いただきたい。
今回書ききれなかった放送大学と早稲田大学については次回で。次々回よりやっと慶應義塾大学の通信教育課程について触れることとなる。
大学通信教育の概要
そもそも、大学の通信教育とは何かを知らない方も多いと思うので、初めにこのシステムについて説明することとする。
大学が通信教育を行っているという話を聞くと、知らない人は公開講座のような一般市民向けのカルチャースクールのようなものを思い浮かべるかもしれない。しかしながら、このシステムはれっきとした正規の教育課程であり、戦後の新制大学発足とほぼ同時にスタートした、かなり歴史のあるものである。
正規の課程ということで、当然のことながら通常の大学の課程と同様の学習量が規定されており、最低4年間の在籍と124単位の取得をもって学士の学位が授与されるというのも通学課程と同様である。ただし、通信教育はその学習方法に特徴があり、以下の2通りの学習形態を併用することを基本とする。
通信授業:
テキストを学習し、課題に基づいてレポートを提出する。その後、科目試験を受験し、レポート・試験双方の合格で単位取得となる。
面接授業:
別名スクーリング。いわゆる教室で行う通常の授業のことを指す。通信教育にもかかわらず、スクーリングは必須であり、卒業所用単位数の1/4はスクーリングで取得する必要がある。
というわけで、通信教育といえども大学に通う必要があるという点がこのシステムの大きなポイントである。このスクーリングがあることで「大学生」の意識を持つことができる一方で、時間のない社会人にとっては卒業への大きな壁となるのである。
慶應義塾大学通信教育課程について書いてみよう
筆者が慶應義塾大学(通信教育課程)の経済学部に入学したのは2003年4月である。この時、筆者はあくまでも表向きは「ネタ」として「慶応ボーイになろう計画」と銘打って入学した。当時のはしゃぎっぷりは左のカテゴリ欄の「勉強」を見ていただければわかると思う。
当然のことながら内心ではネタ以外の様々な思惑があり、結構真剣に考えて入学したのであるが、にもかかわらず、初めの3年ほどはほとんど在籍しているだけの状態が続いた。そのためこのブログにもその後の学生生活についてはほとんど記載されていない。まあそもそもここ数年はコンテンツの更新をほとんどbitch任せにして、筆者はサイトのメンテナンスのみを行ってきたという事情もあるのだが。
その後今日までの間、結婚をし、30歳を超え、娘が生まれるなど筆者の私生活は激変した。変わらなかったのは職場と(会社が買収されたりもしたが、未だ変わる気配はない)慶應の学生であるということくらいだ。
というわけでだらだらと社会人学生を続けているのだが、一応最近は地道に勉強を進め、今年からは卒論指導を受けるようになった(まあ指導教官がついたと言う意味だ)。それに伴ってこの通信教育というシステムについても自分なりに理解を深めてきたつもりだ。そこで、せっかくだから少しずつ慶應通教に関する筆者の考えや調査結果を披露していこうと思う。
サーバ入れ替え
先日、OSのアップデートをしたと書いたばかりだったが、その直後にマシン自体を入れ替えることとした。
理由は3つ。
まず1つ目。サーバに使えそうな適当なPCが余っていたこと。
このPCは以前ActiveDirectoryの学習用にWindows Server 2003を導入し、常時稼動時の騒音を抑えるためにCPUクーラーの入れ替えも施して1年ほど常時稼動させていた。その後、Active Directoryの学習も一通り終え、サーバの管理も煩雑となったためにサーバ運用は止め、Windows XPに入れ替えてクライアントマシンとしていたが、iMacをメインに使っており、Windowsマシンも他にノートPCがあるために有効利用されていなかった。
2つ目。FreeBSDをWebサーバ以外の用途にも使用したくなったため。
これまでのマシンはWebサーバ等で精一杯の非力なマシンであり(静音化のためVIA Edenのファンレスマシンにしていた)、デスクトップ環境の構築はきつかった。特にFreeBSDの場合、アプリケーションをPortsからインストールすることがほとんどであり、バイナリパッケージのインストールとは比較にならないほどマシンパワーが必要となるため、まともにデスクトップ環境を整えるにはもう少し強力なマシンが必要だった。
そして3つ目。Stableを追いかける運用に限界があったため。
前回のエントリでも書いたように、これまでのマシンではStableを追いかける運用にしていたのだが、アップグレードが面倒でなかなか手をつけていなかった。この場合、セキュリティパッチ当ても遅れてしまう恐れがあるため、基本的にRELEASEで運用し、パッチもしくはアップデートはFreeBSD Updateを使用するように運用を変更することとした。そのためにはOSを7.0-RELEASEまで戻す必要があるため、別のPCに新規インストールするのにちょうどよいタイミングだった。
というわけでマシンの入れ替えは完了した。Webの表示も体感で速くなったので、新マシンの効果はあったと思う。ただ、このマシンでもGNOMEをまともにPortsから入れたら丸1日かかってしまった。これまでより早いとは言え3年前のPC(しかも安物)なので仕方ないか。
FreeBSDの更新
このサイトにおいて、本文のコンテンツ作成をbitchに任せっぱなしになってからもう何年もたつが、稼働させているサーバのメンテナンスは比較的まめにやっている。
サーバは自宅のFreeBSDマシンだが、portsで導入したアプリは基本的にいつも最新であるし、このサイトのCMSであるNucleusも、最近になって最新Verへのバージョンアップをすませた。
一方でなかなか手が回っていなかったのがFreeBSD本体のバージョンアップ。基本的にはstableを追いかけることにしているのだが、2月に上げたあとはそのままだった。それ以前も年1回くらいのペース。
一応buildworldとbuildkernelは毎週自動実行させているので、後は入れ替えにかかる1〜2時間程度を我慢すればよいのだが、それでも面倒で放置していた。
そこで昨日はちょっと気合いを入れて最新に入れ替え。以前は6-stableを追いかけていたためにバージョン表示は6.3-stableだったが、今は7-stableに変更しているため、入れ替えた後は7.0-stableになるだろう、と思って実行。しかし結果は7.1-PRERELEASEとのこと。というわけで、おそらくもうすぐ7.1-RELEASEが出るのだろう。
毎回メンテナンスの話しか書いていない気がするので、他のコンテンツもがんばって書こう。
…なんて書いてたら、nucleusのアップグレードがまだ途中だったらしくて投稿できなかった。やはり作業後の確認は大事だ。仕事と一緒で。
さらに追記:この後がんばって、昔の記事にあるイメージのリンク切れ等を直した。やっとすっきりした。
サイト修正
「ブログ形式にした」という文章を書いたのが昨年の1月。気づけばもう1年以上経ってしまった。bitchも半年以上何も書いていないし。
そんな先日、久々にサーバにしているマシンをいじろうとしたところ、かなり調子悪くなっていることがわかった。portsのアップグレードやカーネルのアップデートをしようとしたところ(旧サーバはFreeBSD)、segmentation faultやカーネルパニックで落ちまくる。おそらくメモリあたりがいかれているようで、高負荷の処理に耐えられないようだ。
そんなわけで、所有している中で最も性能がいいのにこれまであまり有効活用していなかった別のマシン(WindowsとLinuxのデュアルブート)をLinux一本にしてサーバとして使うようにした。ついでにnucleusのバージョンを上げ、スキンも変えて心機一転することにした。
SUSE Linux 10.0を使用したところ、YaSTを使ってインストールされるMySQLのバージョンが悪名高い(日本語が化けるらしい)4.1系だったのだが、今回はサイトを全てUTF8に揃えたためか、まったく問題なく移行完了。データはnucleus標準のバックアップデータ(中身はSQLのCREATE TABLEとINSERT)からメンバーや本文など必要と思われるもののみを移行。と言うのも、データを見ると山のようなトラックバックスパム/コメントスパムが登録されていたため。ブログはまめに管理しなければいけないことを痛感した。
bitchが今後も書いてくれるかどうかはわからないが、私は最近勉強していることを中心にできるだけ毎日更新することにする。実はまだ通信制大学もやめていないし、業務命令でMCDBA(マイクロソフトのデータベース系の資格)を取得することになっているので。
それに絡んで、今週は1週間SQLServer2000の研修があるので、それを中心に書いていくこととする。
ツール変更
年も変わったことだし、ツールを変更してみた。
これまではJSPで自作ツールを作成して使用してきたのだが、昨今のBlogとやらで標準装備のRSS吐き出しやtrackback等の機能は当然ついておらず、かといって現状では自作することもままならないので(自分の技術&時間的な問題)、出来合いのツールを使用した。まあこれが一番賢いし。
最初は一番メジャーなMovable Typeでも使おうかと思ったが、このサイトのように著者が複数いる場合はどうも有償バージョンを使わなくてはならないようだったので却下となった。その後適当に調べたところ、このNucleusというツールがまあ適当かなと判断したのでこれを採用。
いまだに使い方はよくわかっていないが、とりあえず以前のログを(人力で)移植したので、こちらに移行することにする。まあほかの機能やデザインについては徐々に使っていくということで。とりあえずtrackback関連をもう少し理解できたら、このスキンを作ってくれたサイトにトラックバックするつもり。
業務連絡
bitchへ。
とりあえずパスワードは名字を2回入れてくれ。でもって、メンバー管理というところからすぐ変更しちゃってくれ。後はこのツールについていろいろ調べといて(無責任)。
では。
あ、最後に。
あけましておめでとうございます。
ファンの皆様へ
ファンの皆様へ
なんかね。俺にとっては1リーグになろうと3リーグになろうとどうでもいいけど、野球を愛していない人たちがいろいろいじくるのだけは勘弁して欲しい。選手がスーツ着て神妙な顔をしているのも見たくない。
というわけで、明日は久々に野球をやりに行きます。
ついでに、ここのサーバもこの連休中にリプレイスしたいね。なんか最近はBlogとやらがもてはやされているのでそれに対応してみるのもいいし。トラックバック?なんだそれは。