ジャックスのデビュー作である。言うまでもなく、日本ロック史に怪しい光を発しながら輝く、誰もが認める超名盤だ。後生に与えた影響の大きさ、計り知れず。このアルバムに人格をねじ曲げられてしまった人の数、計り知れず。しかし逆に人生を救われた人の数、これまた計り知れず。大袈裟?いやいや、そういうアルバムなのです、これは。聞き手に確実に傷痕を残すほどの殺傷力を持っているのだ。
なのに当時の彼らに対する仕打ちは何だ。聞く所によると、デパートの屋上とかで演奏させられてたらしいではないか。あのさあ、ウルトラマンショーじゃないんだからさ。「何あの人たち、気持ち悪―い」とか言われてたんだろうな、多分。いや、確かに後になって初めて評価されるバンドなんて、ロック史を紐解いてみれば掃いて捨てるほどある。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなんかはその典型だろう。しかしルー・リードがソロに転向してから大成功を収めたのに対し、早川良夫はソロを一枚(これまた素晴らしい作品)発表した後に、本屋への転業を余儀なくされたのだ。こ、この差は…。しかも本作も歌詞の一部が問題になり、発禁→廃盤の憂き目に遭ってしまう。空前の大傑作として誉れ高いアルバムであるにも関わらず、入手困難な状態が続く有り様だったのだ。時は1968年、疑いの余地もなく、ロックの黄金期だ。そんな時代に、アメリカやイギリスの最先端の音とタメを張るバンドが自国にいたのにも関わらず、日本人はこの類まれなるバンドの存在を見事なまでに黙殺したのだ。す、すげえ国だ。
と、ちょっと憤りを示してみたが、本作は今はCDで再発され、容易に手に入る。しかもタワレコでアナログ盤まで売られているご時世だ。この時代に生きてて本当によかった。昔の人は大変だったんだねえ。今は過去の恨みを置き去りにし、この類まれなるアルバムの魅力を骨の髄まで味わおうではないか。骨の髄まで。ボリボリ。
さて、「ジャックスの世界」を中古屋で探すとしよう。当然邦楽ロックの「シ」の所を見るだろう。だが、ない。そういう時はどうしたらいいのだろうか。ジャックスは諦めて浜崎あゆみのベストを買う?うん、それも悪くないが、せっかくだからもうちょっと頑張ってみようよ。ほら、隅っこの方に「GS」という小さなセクションがあるでしょ。そこを見てみ?ね、あったでしょ?そう、ジャックスはGSの文脈で語られることが多いのだ。あるいはフォーク。私はそれには多少の違和感を覚える。GSっぽい所も言われてみればあるような気はするが、あくまでも言われてみれば、だ。フォークに至ってはさらにちんぷんかんぷんだ。確かにそういう人たちとの交流はあったようだが、それにしてもねえ。これのどこがフォークなんだよ、一体。ジャックスはVUや(時代は先になるけど)ジョイ・ディヴィジョンの系譜上にあるロックバンドである。それでいいじゃん。だってどう考えてもはっぴぃえんどとかよりはそういったバンドの方が類似点を見出せるでしょ。ちなみにGSとは「グループサウンズ」の略です(「ガレージサウンズ」とする説もあるらしい)。間違っても「ガン黒シスターズ」ではありません。
さあ、無事中古で見つかったことだし、みんなでこのアルバムを聴いてみよう。まずは1曲目の「マリアンヌ」。
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や、やばい…。いや、もうイントロのドラムからしてやばいのだ。世の中の絶望を全て背負うようなこのタムロール!そして早川義夫が歌いあげる。「嵐の晩が好きさ?」。はあ、もうダメ。闇の中に吸いこまれてしまいそう。しかしこの曲、解釈のしようによってはかなりエロい乱交ソングである。この曲をオカズにしてるやつは…多分いないだろう。でもこの曲のドラムはすごいね。もう暴れまくり。しかもキース・ムーン的にではなく(普通「暴れる」と言うとああいうのを想像するだろうが)、もっと上品に暴れてるのである。「上品に暴れる」と言われてもわけが分からんと思うので、何かに喩えてみよう。そうだな、強いて言えば高級レストランでゲロ箱の中に吐くようなものだ。ん、何か全然違うような気がする。そうだ、これはどうだ。社交パーティーで上品な男がエレガントに歩いているのだが、彼のズボンのチャックは開いており、そこから汚らしいちんぽが堂々と出ている。…喩えるのはちょっと無理みたい。
ま、とにかくこの曲のドラムは非常にいいのである。ちなみにドラマーの木田高介はこのアルバムでフルートも吹いており、また他のバンドの弦楽器アレンジメントなどもこなしている、マルチな人間である。まるでレオナルド・ダ・ビンチのような人だ。若くして亡くなってしまったのが惜しまれる。そう、ジャックスというと、早川義夫の個性があまりにも際立ちすぎていて彼にばかり注目が行ってしまいがちだが、バンドもすごいのである。とにかく文句なしに上手い。そして変。「からっぽの世界」のベースとか。何あれ?あんなのあり?何かもう、歌詞通り海の底で聞こえてきそうなベースである。いや、本当にそんな感じがするのよ、マジで。感情の赴くままに弾かれている水橋春夫のリードギターも素晴らしい。「われた鏡の中から」や「裏切りの季節」あたりはギター少年なら「お!」とか思うんじゃないかな。曲によってはバンド全体が無茶苦茶に、本当の意味でフリーに演奏している。しかしやはりそれは確かなテクニックに裏打ちされているので、格好よくしか聞こえないのである。よくあんなすごいメンバーを集められたものだ。
しかしこれ、改めて聴いてみると、当時売れなかったのもしょうがないかもと思えてしまう。あまりにも時代の先を行きすぎているのだ。ビートルズが「Revolver」でやろうとしたことをさらに上回っていると言ってしまいたくなるぐらいだもん。ま、セールス的にはモー娘。の加護と孫の歌を歌った人(曲名も歌手名も忘れた)の年齢ぐらい差があるけど。しかしその分今聴いても全く色褪せていない。60年代っぽさは確かにあるが、今でも通用する60年代っぽさである。音も割といいし。こういうアルバムが街角で流れたら世の中ももうちょっと面白くなるんだけどね。
最後に。「時計をとめて」は日本ロック史上最も素敵なラヴソングである。
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